デス・オーバチュア
第232話「セブンズクリティカル」



「……クリーシス(裁き)? シニフィアン(意味するもの)? いや、裁きではなく正義……?」
月黄泉……いや、セレーネは、堕神の『名』の意味を反射的に訳していた。
古い言葉、そして馴染みのある懐かしい言葉。
今の地上、神や魔の世界の言葉ではなく、『超古代』の神々と世界の言葉だ。
「我……私のこの世界での名であるクライシス(危機)の語源……クリーシス(分ける)……即ち、『物事が一変する』という意味だ。自分の生まれた世界の言葉を忘れたか、ターマガント(荒ぶる女神)のセレーネ?」
堕神は、セレーネの古い渾名……超古代の単語を口にする。
「貴方、なぜ、その呼び名を……?」
「ちなみに今の西方の言葉では、ターマガントとは『口やかましい女』という意味だそうだ……貴様にピッタリだな」
口元に浮かんだ微笑は、どこまでも意地悪げだった。
「なっ……」
セレーネは悔しげに顔を歪めながら、確信を持つ。
間違いない、自分はこの少女と顔見知り(知り合い)だ。
誰だか思い出せないが、かって会ったことがある……それもかなり深い関係だったように思える……おそらくは……『あの世界』での知り合い……。
「貴方、私と同じ超古代神……」
「まだ思い出せないのか? ふん、虐めた方は簡単に忘れても、虐められた方は永遠に忘れないというのは本当らしいな……」
「えっ?」
「アウローラの方がまだ記憶力良かったぞ……この年増女神?」
「なあああっ!?」
セレーネは、聞き捨てならない名への反応と、年増呼ばわりへの怒りの混じった声を上げた。
「そういえば、アウローラと貴様、どっちが姉で、どっちが妹だったか……忘れてしまったな……」
「私の方が姉よ……世話を焼いたのは、、迷惑をかけられたのは私なんだから……あんなのが姉なわけ……て、アウローラが生きている!?」
「驚くのが遅い……」
堕神は呆れたように嘆息する。
「生きているなら顔の一つぐらい見せに……いえ、来られたら来られたで迷惑ね……」
グローバルというか、アバウトというか、超古代神において『姉妹』の上下など言ったもの勝ちだったりした。
セレーネは、アウローラと後一人、兄を合わせた三兄妹として生まれる。
朝(太陽)→夜(月)→曙(暁)という循環……現象(概念)を司るために発生したのが自分達三神だった。
三人まったく同時に生まれたため、誰が姉でも妹でも間違いではない。
曙から始まって、朝、夜となるのか、朝から始まって、夜、そして曙となるのか、かなりもめたような記憶があった。
結局、馬鹿な方が妹だという結論をつけ、アウローラを妹呼ばわり、扱いすることに決めた……ような気がする。
「アウローラならうざい程に元気だ、ヒュノプスと共にな……」
「ヒュノプス?……ああ、あの坊や……よくあんな子供が生き残れたものね……まあ、馬鹿(アウローラ)でも生き残れたのだから、不思議ではないか……」
質の悪い馬鹿妹……それがセレーネにとってのアウローラの認識だった。
それ以上でもそれ以下でもない。
「……で、そこまで私達を知っている……超古代神族に詳しい、貴方はいったい何者なの……?」
月地の守護を拳で破壊するような『女神』は記憶になかった。
忘れているという可能性もあまり考えられない。
そんなとんでもない存在が居たなら、名前や顔は忘れたとしても、存在そのものまでは決して忘れるはずがなかった。
「ふっ……では、思い出させてやろう……そのボケた頭を叩いてなっ!」
堕神の右手が、宝石とも金属ともつかない光沢の漆黒の手に変質する。
「くっ……」
「遅いっ!」
セレーネが右手をかけていた村雨を抜刀するよりも速く、堕神の右拳が彼女の顔面に迫っていた。
「ちぃっ!」
拳が顔面にめり込む直前、セレーネは銀色の閃光を放って自ら爆発する。
「…………」
堕神は拳を引っ込め、爆風に乗るようにして後退した。
銀光と爆発が晴れると、『完全武装』したセレーネが姿を現す。
和洋折衷の三重の衣……Aラインの黒いイブニングドレスの上に、紫の無地な上衣(着物)をコートのように羽織って(袖に両手を通してはいるが、帯などはせずに前開きで)、その上に纏った闇色のローブのフードを深々と被って顔を隠していた。
差詰め、西方の姫、極東の姫、暗黒の魔女の三重の正装を重ね着しているかのようである。
さらに、銀月神衣という兜、鎧、籠手、具足、盾の五つまで装備していた。
「魔女達の女王……月と夜を司る暗黒の女神か……」
セレーネは顔を隠していたローブのフードを下ろす。
腰まで届く、ボリュームのある柔らかそうな淡い金髪が露わになった。
長い前髪は左目だけを覆い隠し、青い右目が静謐な輝きを放っている。
左右それぞれ一房の髪を黒いリボンの蝶結びで三つ編みにして、胸のあたりまで垂れ下ろし、頭の左右には、満月を象ったかのような円盤(銀細工の髪飾り)が貼りついていた。
左右の円盤には鎧(両肩と胸)と籠手と具足と盾と同じように青い宝石が埋め込まれている。
両耳には月長石(ムーンストーン)のイヤリングが吊され、透明な丸い宝石の中に『欠けていく月』のような青い光輝が閉じ込められていた。
十五歳ぐらいの少女の容姿でありながら、成熟した女の雰囲気、色香を感じさせずにはいられない女……。
「そう……私は満月(成熟した女)だけでなく、欠ける月(賢い老婆)の相……夜の暗闇と恐怖、魔法や妖術を司る残酷な女神でもある……故に、我がもう一つの名は……」
セレーネは右目を隠す前髪を右手で掻き上げた。
前髪が今度は左目を覆い隠し、今まで隠されていた右目が露わになる。
「暗黒のヘカテ!」
赤い右目が、狂気を孕んだどこまでも禍々しい輝きを放っていた。



西方のとある神話において、月の女神はアルテミス、セレーネ、ヘカテと三人(神)存在していた。
この三女神は時代と共に存在の同一化が進み、同一の女神と見なされるようになる。
神話、宗教の神の同一化はよくあることで、他の地域の神が制圧した民族の神々に取り込まれたりして、神話にかなりの無茶や矛盾が生まれていくのだ。
例えば、西方の救世主教や聖十字教の唯一絶対の神が、極東の無数の神の一人だったり、神の下僕である天使達が極東の神々の祖だったり……まさに、取り込んだもの、言ったもの勝ちなのである。
そう言った神についての学術的解釈は置いておいて、アルテミス、セレーネ、ヘカテといった三人の女神のルーツ(根源)が、超古代神族の実在の女神だということはあまり知られていなかった。


暗黒のヘカテ……赤い瞳のセレーネは、己が周りを浮いていた武器の中から、一振りの極東刀を掴み取った。
極東刀は抜刀できないように鯉口が髪の毛で封じられている。
「魔剣でも聖剣でもないようだな……だが……」
だが、本当に普通の……何の変哲もないただの刀ではないことは、一目で解った。
文字通り『妖しげ』な波動と、それと相反する神聖な……。
「目覚めよ、村正(ムラマサ)!」
セレーネが柄を強く握った瞬間、封印の髪が独りでに断ち切られ、村正は綺麗に抜刀された。
その刀身は、村雨(ムラサメ)に比べれば、見た目の美しさに欠け、水を滴らせたるなどの特異な特徴も持っていない。
大きく波打つ波紋と、刃の両面の波紋が揃っていることが特徴的な、普通の刀にしか見えなかった。
「ああああああああああぁぁっ!」
叫びと共に、セレーネの右目がよりいっそう激しく、妖しく、赤く輝く。
セレーネは獣のように堕神へ飛びかかり、迷わず村正を振り下ろした。
「ふん」
堕神は漆黒の右手で刃を受け止め、金属同士がぶつかり合うような激しい轟音が響く。
「妖刀と呼ばれし村正の切れ味……その身で味わえっ!」
村正が引かれると、鈍い音をたてて、漆黒の右手が剔るように切り裂かれた。
「ほう……」
「はああっ!」
セレーネは、引いた村正をすかさず突きに転じてくる。
堕神は広げた右手を突きだす、村正の鋭い刃が彼女の掌をあっさりと刺し貫いた。
「確かにいい刀だ……妖刀……斬れすぎる刀か……ふん」
「ぐぅ!?」
何の予兆もなく突きだされた左の拳が、セレーネの顔面に叩き込まれる。
セレーネは数メートル程吹き飛ぶように後退った。
「ふん」
堕神は掌の中心に穴が穿かれていることなど気にもとめず、拳を強く握り締める。
「雷鳴の……」
握り締められた右拳を中心に電光が放出されて荒れ狂った。
「月海(げっかい)よ!」
銀月神衣の両肩と胸に埋め込まれている青い宝石が輝き、月光のような淡い青光の球状の幕がセレーネを包み込む。
「フォースヒット!!!」
激しい電光を放出し続ける右拳が真っ正面から、月光の青幕に叩きつけられた。
「月海の守護をただの絶対魔法防御と甘く見るな! エナジーバリアのように物理攻撃を弾くことも……」
「やかましい!」
「えっ……ああああっ!?」
硝子か何かのように、青膜を容易く打ち砕くと、雷鳴の右拳は銀月神衣の胸甲(逆三角形の盾)に叩き込まれる。
胸甲に、そして両肩に亀裂が走り、銀月神衣の『鎧』が粉々に砕け散った。
「な……月海の守護まで……一撃で!?」
「ふん、残り三発か……」
銀月神衣を一撃で粉砕したことなど堕神にとっては当然のことなのか、何の感慨も無さそうな表情で、己が右拳を見つめている。
「……ちょ……調子に乗るな! 月天(げってん)よ!」
セレーネの背中に、青い鱗粉を放つ銀色の『羽』が生えた。
天使(鳥)の翼でも、悪魔(蝙蝠)の翼でもない、巨大な蝶の羽である。
青い鱗粉が彼女の体に付着していったかと思うと、新たな銀色の『鎧』が生まれ全身に装着された。
それだけではない、セレーネの前に鱗粉が集まりだしたかと思うと、銀色の巨大な盾が形成されていく。
瞬く間に、銀月神衣の『盾』と『鎧』は復元……いや、『新生』していた。
「アハハハハハハハハッ! 見たか! 月地と月海は、月天さえあれば何度でも蘇るのだ! 故に我が三重の守護は不滅! 死角など存在しないっ!」
赤い瞳になってから、セレーネは口調というか、性格が少し変わっている。
清浄さが消え、邪悪さが際立ち、理性が狂気に塗り替えられたような感じだ。
「ふん、砕く順番を間違えたか? まあいい……何度でも打ち砕くまでだ!」
堕神は右拳を再び強く握り締める。
「だから、図に乗るな! ただ蘇るだけではない、蘇る度により強く、より美しく……」
「金剛のフィフスヒット!」
「話を最後まで聞けっ!」
漆黒から金色に変色して光り輝く拳が、進行を阻む銀色の盾に直撃した。
「無駄だ! 二度は砕け……」
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」
新しく生まれたばかりの銀色の盾に亀裂が走る。
「馬鹿な! ありえぬ!」
銀色の盾は爆発するように四散し、堕神はそのまま拳をセレーネの左肩に打ち込んだ。
セレーネの左肩の装甲(肩当て)はあっさりと爆散する。
「……くうう、ありえぬ! 一体何なのだ、その拳は!?」
傷ついた左肩を右手でおさえながら、セレーネは憎しみの籠もった眼差しを堕神に向けた。
「セブンズクリティカル……その名が示すとおり、一発一発が全てクリティカルヒット(決定的な一撃)……七つのクリーシス(裁き)を宿した神の拳……」
「神の拳……神の裁き……だと……?」
「日に七発しか撃てないこの世で最強の拳……『魂』を込めた我が拳に砕けぬモノはない!」
堕神の右拳が、大地を象徴する色である琥珀の輝きを放ちながら震えだす。
「震撼の……」
「ちっ! 月天よ!」
銀色の蝶の羽が大量に青き鱗粉を撒き散らし、瞬時に『鎧』を修復し、新たな『盾』を誕生させた。
「シックスヒットォォォッ!!!」
堕神は琥珀色の右拳を突きだして、セレーネに飛びかかる。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「馬……馬鹿なああああああああああああああああっっ!?」
琥珀色の巨大な光矢と化した堕神は、銀色の盾を貫き、月光の膜を触れた瞬間に粉砕し、そのまま拳をセレーネの胸甲へと叩き込んだ。
凄まじい勢いで亀裂が胸甲に、両肩に、そして、背中の蝶の羽にまで拡がっていく。
胸、両肩、羽、全ての銀装が同時に跡形もなく砕け散った。
「あああああ……」
まるで後を追うように、両手の籠手と、両足の具足までが粉々になって散っていく。
残ったのは頭の左右に付けられた満月を象ったかのような円盤(銀細工の髪飾り)だけだった。
その唯一残った二つの円盤にまで一筋の亀裂が走る。
「い……嫌アアアアアアアアアアッ!?」
セレーネは悲鳴を上げて、両手で左右の円盤をおさえた。
月天の守護の本体であるこの円盤まで砕け散ったら、月海と月地は二度と再生できなくなってしまう。
真価を発揮する機会もなく、主に手放された村雨が地に転がっていた。
「正に宝の持ち腐れだな……」
寂しげに転がる村雨と、彼女の周囲を回り続けている武器達を見て、哀れむように呟く。
「見るに耐えん……もういい、貴様の長き生に終止符(ピリオド)を打ってやろう……」
堕神が天高くかざした右拳が、赤く暗い輝きを発しだした。
「終わりだ、セレーネ、そのまま逝くがいい!」
赤く暗い輝きを放つ拳を引き絞ると、空高く飛び上がる。
「落陽のセブンズ……」
「嫌ァッ! 嫌嫌嫌アアアアアアアアッ! 助けて、ファージアス様ァァァァッ!」
「何?」
セレーネを取り巻いていた十を超える伝説の武器が一斉に、空の堕神に向かって襲いかかった。
「くっ……」
仕方なく堕神は、拳の目標をセレーネから、飛来する伝説の武具の迎撃に変更する。
「ヒットォォォッ!」
赤く暗い太陽が発生したかのような大爆発が、飛来した全ての武器を蹴散らすように吹き飛ばした。



「ちっ……」
大地に降り立った堕神は、震える右拳を左手でおさえていた。
七発全て撃ち尽くしてしまった右拳は、しばらくは文字通り使い物にならない。
「まあ、もう戦意は無いみたいだがな……」
「うう……ファージアス様……うっぅ……うっく……」
セレーネは、絶好の反撃のチャンスに気づきもせずに、子供のように泣きじゃくっていた。
「ふん……」
堕神は呆れたように鼻を鳴らす。
無論、セレーネが仮に反撃してきたとしても、対処しきる自信はあった。
右手に無理をさせてもいいし、奥の手の類もいくつかある。
いや、左手や両足で普通に格闘するだけでも、防具(三重月相)と武器(十三暦月)を失った今のセレーネなら簡単に倒せそうだ。
セレーネの通常の魔術魔法など、堕神には何の驚異も成さない。
堕神自体は魔術魔法の類はまったくと言っていい程使えないが、魔の力に対する防御、耐性は最上級……セレーネの月海の守護に匹敵、あるいは凌駕するものを『体質』として持っていた。
最早、堕神から見てセレーネは、泣きじゃくる見た目通りの無力な小娘に過ぎない。
「……吹き飛ばしただけで別に砕いてないから、世界中を捜せば武具は回収できるぞ」
あまりに哀れと思えたのか、まるで慰めるかのように言った。
「うっぐ……そのことで……えぐ……泣いているんじゃないもん……」
泣き続けながらも、セレーネは上目遣いで堕神を睨みつける。
いつの間にか、赤い左目の方が前髪に隠れており、涙を流しているのは青い右目の方だった。
「誰だか……思い出せないけど……覚えておきなさいよ……この恨みは絶対に……」
「ふむ、では、復讐が怖いから、トドメを刺しておくか?」
堕神は意地悪く微笑うと、左手を振りかぶる。
「ひぃぃぃ……っ!?」
セレーネは両手で頭を抱え込んで震えた。
「ふん、怖いならさっさと逃げ帰れ……見逃してやる」
しっしっしっと犬でも追い払うように手を振る。
明らかにセレーネを見下しきった態度だった。
「うっくぅ……覚えてなさいよ……この暴力女っ!」
セレーネは足下に転がっていた村正を拾うと、堕神に背中を向けて、一目散に逃げ出す。
「ああ、覚えておこう、泣き虫セレーネ……」
堕神は、物凄い速さで遠方に消えていく月の女神を嘲笑を浮かべて見送った。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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